ymsr

第一回チキチキjava-ja ymsr送別会 に行ってきた。 私の中で山城先生を山城先生と呼ぶようになったのはいつの頃だったかよく覚えてないし、なぜそう呼ぶのかも。 ただモンハン2Gが流行っていた頃のjava-ja忘年会で山城先生に手伝ってもらって(たしか当時)彼女よりランクを上げてしまった頃には、もう山城先生と呼んでいた気がする。

山城先生というと、よく言われるとおり、java-ja幹事でヨシオリさんの隣にはいつもいる印象だった。 そして、その懇親会には必ず美味しいものが出てくるので、飲めない私の空腹も癒えた。一緒にちゃんとした食事をしたことはなかったけど、そちらでも話は合ったかも知れない。

つまるところjava-jaにちょくちょく参加はしていたが、それくらいしか彼を知らなかった。

興味をもっている分野も違ったし、TL上でのPHPのコードと格闘している様が流れてきているのを観ていた程度だった。 CIまわりは私もやりたいと思っているので話しをしたかったな。

唐突に話を変えるが、懺悔というか吐露というか、私は人見知りです。 人というのが結局のところよく分かっていなくて、日頃考えてる技術のトピックをネタに議論するのは好きだけど、もともと他に趣味らしいものがないので、トピックとかない雑談になると無口になる。 雑談になるとストレスがマッハで、そして寂しがり屋でもある。正直かなり面倒くさいやつである。 なんというか今まで違った人生歩んできたんだから話題なんてそうそう合うわけないだろう?と思っているので手に負えない。

だが、なんというか、困った。ただただ彼が死んでしまって寂しいのだ。

歳が近かったからとか色々理由は考えたんだけども。 人は死ぬ。それは論理的に正しい。 人は死ぬと現金化される。太一より前に死ぬと真である。 現金化されてもその先に遺ってしまった感情はどうすればいいのだ。

花火の一つでもあげられればよいのか。たしかにあれは良いものだった。

今回のことで一つ決めたことがある。表明する。 自重しない。大人しくしない。大人らしくする。 自分を変えないで世界が変わる事なんて望まない。世界を変える。

私はもともと利己的な性格なので、少なくとも太一に現金化されるにたる人物になりたい。なろうと思う。 上から花火や親しい人を観たいんだ。そんなときくらいは上から目線は許してほしい。 勝手に目標に組み入れてしまった彼らにはあとで謝ろう。